2005年 08月 28日
ディプロ結果 |
土曜はディプロでした。
なんというか、きっつい面子に混じっての戦いでしたがどうにか勝ち組に(笑)
以下記録。
担当国
イギリス:オデ
ドイツ:B2氏
フランス:Ami者
ロシア:いかぽん
オーストリア:猫守さん
トルコ:SYSさん
イタリア:横嶋
1901年
とにもかくにも誰と結び、誰と戦うかを決めなくてはならず。
一通り話して回った結果、以下のような感じに。
(交渉先:内容)
トルコ:ジャガーノート成立、イタリアは多分レパントでくる。キーレパント(注:墺伊レパントの発展形だが、成立には墺伊の絶対的な信頼関係が必要。さて、それぞれの担当者は誰だったでしょうか?w)はありえない。
イタリア:レパントかまします宣言
ドイツ:さしあたってスウェーデンを英、デンマークを独が獲ることで合意。さらに対露戦を行うなら支援は惜しまないとのこと。さらに独仏の紛争点となるオランダ・ベルギーへの介入を行うか?と問われたので、この時点では手を出す気は無い、と回答。
フランス:イギリス海峡の中立&ブレストでの海軍生産禁止を約束。いわゆる不可侵条約。ついでに英仏同盟による独侵攻の可能性を打診されるが、正直スカンジナビア半島制圧後の状況しだいと回答。(実際、この段階では方針を固めていなかった)
オーストリアとロシアとはあいさつ程度。
んで、この時点での方針。
・ジャガーノートが発動した以上、ロシア陸軍の南下は確実=北欧バルチック艦隊を何とかすればスウェーデンまでは行けそう
・仏独のどちらと積極的に組むかは北欧戦の間の動きを見て判断する
・仏がいきなり不可侵条約を破ったら独陸軍と連繋してオランダ・ベルギーを侵攻
・独が信用できなさそうなら仏陸軍と連繋してオランダ・ベルギーを侵攻
うむ、英の基本だ(笑)
で、春の移動後。
北部は予定調和で進んでいるのだが。バルカン半島が大変です(笑)。というか、墺露国境の重要地点に露陸軍が進軍していない。(後で聞いたところ、猫守さんがいかぽんを丸め込んでそこを中立地帯にしてしまった模様)
この時点で、露の南方での補給基地確保は難しそうと判断。
で、独との会談でデンマークの独艦隊でスウェーデンを侵攻しても良いとの事。(このターン、確実にスウェーデンに侵攻してくる露艦隊の足止めのため。互いに戦力1なのでスタンドオフになり、結果として補給基地がのびないロシアは、このターン生産が行えなくなる)
サンクトペテルブルグに第二艦隊を建造されると厄介だと思っていたので一も二も無く依頼。さらに翌ターンに行う予定の、英海軍によるスウェーデン攻めへの支援の約束を取り付ける。
代わりにデンマーク・オランダ・ベルギーに手を出さないことを確約。
仏とは相変わらず。
あとトルコと雑談したり(笑)、ロシアに探りを入れたりして終了。
秋の移動ではドイツが約束をたがえることも無く、順調に進む。
南は外交で露を不利な位置に追い込んだ墺伊が優勢。
1902年
北方では変化の少ない年。
独が約束通りスウェーデン攻めを支援してくれたのでそのまま半島を制圧。
この時点で、独が露本土侵攻を自前の陸軍で行うことを主張してきたら仏と組んで対独戦に入る予定だったのだが(他に攻める所が無いため)B2氏がそれを読んでいたらしくワルシャワ以外の全領土をくれるとの事。無論独陸軍による全面支援つきで。
この時点で英独による冬将軍退治を決定。仏ごめん(笑)
秋に仏によるミュンヘン侵攻があったので、すわ独仏によるオーストリア侵攻のための布石か?と思っていたら、ゲーム後に、単なる仏の侵攻と判明。
一方そのころバルカン半島では。
この年、交渉フェイズに入った瞬間に立ち上がって別室に行こうとしたのが英独仏。
つまりバルカンの4人がそのまま4者会談開始(笑)
なんかあるのかなぁ、と思っていたら突然オーストリアが裏切ってイタリアへ侵攻!どうも同盟関係が墺土・露・伊と組み代わった模様。
1903年
毎ターン仏から対独侵攻の要請が来るのだが、どうしても乗れない。
というか、昨年秋にドイツはミュンヘンを失った関係で一軍を除去しているのだが、このとき迷わずデンマークの艦隊を除去していたので、どうやら最後まで我が英国と心中するつもりと判断。
そのまま露侵攻を継続。
仏は死にかけの伊を喰いに行った模様、というかそれしか手がないわなぁ。
1904年
モスクワ到達が見えてきたあたりで、トルコから交渉。
具体的にはセバストポリはトルコが欲しいとの事。一応モスクワからウクライナ経由でルーマニアへ侵攻可能なため容認。まさか英土国境線交渉なんてものが開かれる時が来るとは(笑)
仏独は独が墺の助けを借りてミュンヘンを奪還し、あとはステイルメイトライン上でアメフト開始。
南方は伊が事実上仏に降伏した形で墺に対抗。
トルコは黒海沿岸でロシア残党とドンパチ、といった形。
そして秋に、ロシアがドイツに降ったとの報が。いかぽんいわく、モスクワ占領までは諦めるのでセバストポリは残して、との事。どのみちセバストポリはとる気無かったので了承。
…後でトルコから「セバストポリ侵攻支援してー」といわれたら困ってたな、たぶん(笑)
この辺で時間が無くなり、残り1~2ターンの見込み。
1905年
ドイツが早々に侵攻停止を宣言。
この時点での選択肢は2つ。
1:このままこちらも停戦して合同勝利狙い(英独墺が国力7で同着1位のため)
2:一気に独侵攻。このターンでデンマークに陸軍派遣、艦隊で全力支援で翌ターンまで確保は可能。さらに仏陸軍を支援してベルギーを取らせ、代償に翌ターンのオランダ侵攻を支援してもらうとすると見込みで国力+2。ロシア方面はサンクトペテルスブルク=モスクワで相互支援を行えば1ターンは耐えられる。(計算違いがなければ国力10で単独勝利)
結局1を選択。ここまで来たならそっちの方がおもしろいかな、と。後疲れてたのもあり(笑)
しかしあれだ、もうあと4~6ターンほどあって、ドイツ・トルコと良好な関係が築けていたら、吸血鬼の本場ルーマニアを英国国教会の管理下に置けたのかと夢想。ぽわーん(笑)
そんなディプロでしたとさ。
なんというか、きっつい面子に混じっての戦いでしたがどうにか勝ち組に(笑)
以下記録。
担当国
イギリス:オデ
ドイツ:B2氏
フランス:Ami者
ロシア:いかぽん
オーストリア:猫守さん
トルコ:SYSさん
イタリア:横嶋
1901年
とにもかくにも誰と結び、誰と戦うかを決めなくてはならず。
一通り話して回った結果、以下のような感じに。
(交渉先:内容)
トルコ:ジャガーノート成立、イタリアは多分レパントでくる。キーレパント(注:墺伊レパントの発展形だが、成立には墺伊の絶対的な信頼関係が必要。さて、それぞれの担当者は誰だったでしょうか?w)はありえない。
イタリア:レパントかまします宣言
ドイツ:さしあたってスウェーデンを英、デンマークを独が獲ることで合意。さらに対露戦を行うなら支援は惜しまないとのこと。さらに独仏の紛争点となるオランダ・ベルギーへの介入を行うか?と問われたので、この時点では手を出す気は無い、と回答。
フランス:イギリス海峡の中立&ブレストでの海軍生産禁止を約束。いわゆる不可侵条約。ついでに英仏同盟による独侵攻の可能性を打診されるが、正直スカンジナビア半島制圧後の状況しだいと回答。(実際、この段階では方針を固めていなかった)
オーストリアとロシアとはあいさつ程度。
んで、この時点での方針。
・ジャガーノートが発動した以上、ロシア陸軍の南下は確実=北欧バルチック艦隊を何とかすればスウェーデンまでは行けそう
・仏独のどちらと積極的に組むかは北欧戦の間の動きを見て判断する
・仏がいきなり不可侵条約を破ったら独陸軍と連繋してオランダ・ベルギーを侵攻
・独が信用できなさそうなら仏陸軍と連繋してオランダ・ベルギーを侵攻
うむ、英の基本だ(笑)
で、春の移動後。
北部は予定調和で進んでいるのだが。バルカン半島が大変です(笑)。というか、墺露国境の重要地点に露陸軍が進軍していない。(後で聞いたところ、猫守さんがいかぽんを丸め込んでそこを中立地帯にしてしまった模様)
この時点で、露の南方での補給基地確保は難しそうと判断。
で、独との会談でデンマークの独艦隊でスウェーデンを侵攻しても良いとの事。(このターン、確実にスウェーデンに侵攻してくる露艦隊の足止めのため。互いに戦力1なのでスタンドオフになり、結果として補給基地がのびないロシアは、このターン生産が行えなくなる)
サンクトペテルブルグに第二艦隊を建造されると厄介だと思っていたので一も二も無く依頼。さらに翌ターンに行う予定の、英海軍によるスウェーデン攻めへの支援の約束を取り付ける。
代わりにデンマーク・オランダ・ベルギーに手を出さないことを確約。
仏とは相変わらず。
あとトルコと雑談したり(笑)、ロシアに探りを入れたりして終了。
秋の移動ではドイツが約束をたがえることも無く、順調に進む。
南は外交で露を不利な位置に追い込んだ墺伊が優勢。
1902年
北方では変化の少ない年。
独が約束通りスウェーデン攻めを支援してくれたのでそのまま半島を制圧。
この時点で、独が露本土侵攻を自前の陸軍で行うことを主張してきたら仏と組んで対独戦に入る予定だったのだが(他に攻める所が無いため)B2氏がそれを読んでいたらしくワルシャワ以外の全領土をくれるとの事。無論独陸軍による全面支援つきで。
この時点で英独による冬将軍退治を決定。仏ごめん(笑)
秋に仏によるミュンヘン侵攻があったので、すわ独仏によるオーストリア侵攻のための布石か?と思っていたら、ゲーム後に、単なる仏の侵攻と判明。
一方そのころバルカン半島では。
この年、交渉フェイズに入った瞬間に立ち上がって別室に行こうとしたのが英独仏。
つまりバルカンの4人がそのまま4者会談開始(笑)
なんかあるのかなぁ、と思っていたら突然オーストリアが裏切ってイタリアへ侵攻!どうも同盟関係が墺土・露・伊と組み代わった模様。
1903年
毎ターン仏から対独侵攻の要請が来るのだが、どうしても乗れない。
というか、昨年秋にドイツはミュンヘンを失った関係で一軍を除去しているのだが、このとき迷わずデンマークの艦隊を除去していたので、どうやら最後まで我が英国と心中するつもりと判断。
そのまま露侵攻を継続。
仏は死にかけの伊を喰いに行った模様、というかそれしか手がないわなぁ。
1904年
モスクワ到達が見えてきたあたりで、トルコから交渉。
具体的にはセバストポリはトルコが欲しいとの事。一応モスクワからウクライナ経由でルーマニアへ侵攻可能なため容認。まさか英土国境線交渉なんてものが開かれる時が来るとは(笑)
仏独は独が墺の助けを借りてミュンヘンを奪還し、あとはステイルメイトライン上でアメフト開始。
南方は伊が事実上仏に降伏した形で墺に対抗。
トルコは黒海沿岸でロシア残党とドンパチ、といった形。
そして秋に、ロシアがドイツに降ったとの報が。いかぽんいわく、モスクワ占領までは諦めるのでセバストポリは残して、との事。どのみちセバストポリはとる気無かったので了承。
…後でトルコから「セバストポリ侵攻支援してー」といわれたら困ってたな、たぶん(笑)
この辺で時間が無くなり、残り1~2ターンの見込み。
1905年
ドイツが早々に侵攻停止を宣言。
この時点での選択肢は2つ。
1:このままこちらも停戦して合同勝利狙い(英独墺が国力7で同着1位のため)
2:一気に独侵攻。このターンでデンマークに陸軍派遣、艦隊で全力支援で翌ターンまで確保は可能。さらに仏陸軍を支援してベルギーを取らせ、代償に翌ターンのオランダ侵攻を支援してもらうとすると見込みで国力+2。ロシア方面はサンクトペテルスブルク=モスクワで相互支援を行えば1ターンは耐えられる。(計算違いがなければ国力10で単独勝利)
結局1を選択。ここまで来たならそっちの方がおもしろいかな、と。後疲れてたのもあり(笑)
しかしあれだ、もうあと4~6ターンほどあって、ドイツ・トルコと良好な関係が築けていたら、吸血鬼の本場ルーマニアを英国国教会の管理下に置けたのかと夢想。ぽわーん(笑)
そんなディプロでしたとさ。
by anji05
| 2005-08-28 23:05
| 雑記
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